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「31歳で天国にいった妹の命日・・・健康で笑顔で過ごせることに感謝」

今日は5年前に31歳で天国に旅立った妹の命日です。

末期がんでした。

まだ結婚4年目でした。

病気が見つかった時にはすでに余命2ヶ月・・・

でも11ヶ月間、最後の最後まで頑張ってくれました。

余命を聞かされたとき、私は目の前が真っ白になり、

ただただ、泣くだけでした。

数か月後に妹がこの世からいなくなる?

そう思うと体が震えました。

両親が先に亡くなるのを当たり前のように思っていました。

ずっと、一緒に歳をとって、

おばあちゃんになっても仲の良い姉妹でいられると

当たり前のように思っていました。



妹はプロの社交ダンサーでした。

大学時代のサークルで出会った「社交ダンス」。

一度は会社勤め(重役秘書)をしましたが、夢をあきらめられず会社を辞め、

社交ダンスの勉強を一生懸命して、夢を掴みとりました。


その矢先のガン発病。

妹の努力を間近で見ていた私は悔しくて仕方ありませんでした。

どうして、頑張ってまともに生きてる人がこんな目にあわなくてはいけなくて、

人を騙したり、悪いことをしているひとが長生きしてるの?

・・・と神様なんてこの世にいないと思いました。


妹は子供のころから「努力の人」でした。

何でも最後までやり遂げる人でした。

そして、学級委員も生徒会も卒業式の代表答辞などもいつも任されて、

そんな妹が私はいつも誇らしかったです。

社交ダンスの大会でも数々の賞をいただいていました。

妹夫婦はまさに「これから」でした。

だから、悔しくてしょうがないです。



私達は本当に仲の良い姉妹でした。

しっかり者の妹と、のんきな姉・・・。

私が結婚する時も

「お姉ちゃん料理できないから、簡単にできるレシピ書いておいたよ」と

手書きのレシピを何枚か書いて渡してくれました。

「お姉ちゃん、とも君に(私の旦那さんです)キツク言う時があるから、

大事にしなきゃだめだよ」と言ってくれたこともあります。



そんな妹が入院中、私に

「お姉ちゃんがいる時(付添)が一番落ち着く。お姉ちゃんとケンカの思い出ほとんどないよね」

と言ってくれたことがあります。

そうなんです。本当にすごく仲のいい姉妹でした。

顔も似てるし、しぐさも似てるとよく言われたものです。

プロになってからは忙しすぎて1年に数回しか会うことができませんでしたが、

それでも休みの取れた日には一緒にショッピングに出かけたりしました。

もっともっとたくさん話しておけばよかった。

いろんな所に行けばよかった。

もっともっとユウマとリコの「ねぇね」でいてほしかった。


妹が言った

「普通の生活がしたい。普通にご飯食べて、普通に寝て、ただ普通の生活でいい」
 
と言う言葉が忘れられません。

抗がん剤の副作用で吐き気が強く、まともに食べることができませんでした。

胃ガンから肝臓、リンパ、肺にも転移していたため

胆汁を出すための管が体に付いていたので、寝るのも大変でした。

病気になってから、一度もお風呂にさえ入ることができませんでした。

腹水が溜まってお腹は臨月の妊婦さんのようでした。

「普通の生活ができることの幸せ」を妹は教えてくれました。



妹が亡くなった時、ユウマは6歳、リコは3歳でした。

リコは悲しいことが起こったのはわかったようでした。

ユウマはじぃっとしていました。

私とジジ(私の父)がゆっくり、6歳のユウマにわかりやすく話しました。

「人が死ぬ」ということは、もう、ねぇねと話せないんだと言うこと。

ねぇねは動かないんだということ。

ねぇねと、もう会えなくなるんだということ。

ねぇねは、もうどこにもいなくなってしまうということ。

冷たくなった「ねぇね」に触れさせて、ゆっくり話しました。

話し終わったあと、ユウマはワッと泣きだしました。

小さいなりに、「死」を受け止めたのかなと思います。


あれから5年。

一度も、一日も忘れたことはありません。

もしも一つだけ願いが叶うなら

妹と会いたいです。話したいです。

「1日だけ時間をくれる」という願いが叶うなら

どこにも行かず、

きっと、ただただ妹と、こたつに入ってお菓子を食べながら

いっぱい話をすると思います。

ただただ普通の時間を過ごすと思います


葬儀の日、棺桶の中に手紙を入れました。

「生まれ変わったら、もう一度姉妹で生まれて来ようね」と書きました。


妹が亡くなってから、妹が書いていた

「今、行きたい場所」

「今、食べたいもの」

「今、観たい映画」などが書いてあるノートを見ました。

やりたいことをたくさん残して天国に行ってしまった妹を思うと

「何も努力したことのない私が幸せでいいのかな・・・
  
     楽しんでいいのかな・・・」と思ったりしました。

だけど、妹の分まで楽しんでいこうと決めました。

妹が経験することができなかったことをやってみようと思いました。

だから、旅行にも行くし、おもしろい映画も観るし、嵐のコンサートにだって行く。

特別じゃなくてもいい、普通に過ごせればいいなと思います。

パパがいて、子供たちがいて毎日笑っていられる幸せに感謝・・・・





長い文、読んでいただいてありがとうございます。

伝えたいこと、言いたいことがうまく書けません。

まとまりがなく、すみません。

妹がなくなった年の社交ダンスの日本ランキングで妹夫婦は4位でした。

社交ダンスをやっている方なら知っているかもしれませんね。

最後まで頑張って残した順位です。

こんな一人の女性がいたことを、今日だけでいいので

読んでいただいている今だけでいいので、少しだけ思ってあげてください。


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長くなりましたが、また次回から元気いっぱいのミーナでお会いしたいと思います!
読んでくれてありがとうございます。
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プロフィール

ミーナ 

Author:ミーナ 
小学6年の男の子と小学3年の女の子のママです。
ナチュラルなお部屋目指して日々勉強中。
そして、ときどき嵐でよろしくお願いします。

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